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ムガル帝国写真風の宮殿




風の宮殿

風の宮殿

杜松や真柏は神や舎利のできる代表的な樹種です。
白然の木でもこれら裸子植物(杜松、真柏はヒノキ科ビャクシン属)の多くはすさまじい舎利や神を見せています。
これら樹種の盆栽では、神や舎利の豊富さ、その形態、神の木質(堅さ)などが観賞上の重要なポイントになります。
種木養成中の若木では神の有無にこだわる必要はありませんが、不要な枝を切除するときは枝は付け根から切り取らず、多少のゆとりをもって切り、その部分を神にするのが当然です。
ここで取り上げた素材のように、幹を途中で切断して挿し木する場合、その頂部を天神にして古木大木の相を表塀することができ、また、小萌を立てて樹芯の交替の相を表現することもできます。
美濃では山杜松(ヤマネズ)はせいぜい山の境界線に用いられる程度だった。
所有権のトラブルを防ぐためくクズ木として選ばれたのである。
山道を通るため枝が切り払われたその歩行のための<剪定>が、下芽を吹かせ幹味の妙を生む、結果的に盆栽の素材として採取された。
素材があらかた採り尽くされた現在、残された山杜松は、ひっそりとした自分の時を再び刻みつづけているかのようだった。

解除後の二十九年に日本民主党を結成、総裁となり、同年十二月に念願の首相となった。
持病の脳溢血の後遣症で悩み、三十一年に総辞職、以来白宅で静養につとめていたが、三十四年に死去した。
静養期間中は盆栽によって慰められていた関係から、十二月六、七の両日に日本盆栽会が主催し、文京区の椿山荘で、追悼の盆栽展が開かれた。
会場の椿山荘は一日に五十万円の席料をとるのが普通だが、この日は無料。
岸信介総理、大野伴睦、松村謙三など政界の重鎮や経済界の有力者が綺羅星の如くやってきた。
祭壇には前首相の写真を飾り、その両側に初めて買い以後愛培しつ、づけた盆栽と水石、死ぬ間際に買った五葉松など が飾られた。
この盆栽展は政界人に盆栽を普及さ せる一つのいしずえともなった。
自由主義者のレッテルをはられ、憲兵隊に監禁されるなど 悶々の日々を送っているとき、慰められたものが 漢詩と園芸であった。
公職追放を受けたのを機に、自由党総裁に推されて 組閣、以来二十九年まで首斑となった。
この間辞職し、政界を退いた、昭和四二年に没するなり。

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